三日月の下、君に恋した
 グレーの目が、暗がりで強い光を放って航を見据える。何もかもお見通しと言っているようで、腹が立った。

「話すって、何を」


 いつものように、ただ面白がっているだけなのだから、適当に流せばいいとわかっているのに、苛立ちが強まるばかりでおさまらない。

「だからさー」

「騙すつもりはなかった、とか? 隠してたわけじゃない、とか? そんなこと言ったって意味ないだろ。何をどう言い訳したって、全部、嘘になるんだから」

 リョウが何か言おうとしてやめ、静かに息を吐いた。

「俺はもう忘れる。この話は二度とするな」


 和室に入ると、開け放った縁側のむこうに明るい光が広がっていた。一瞬、まぶしさに目がくらむ。

「嘘じゃないことが、ひとつだけあるだろ」

 背後でリョウがつぶやくのが聞こえたけれど、無視して縁側に出た。


 その場に座りこもうとしたとき、それが視界に入った。

 女物の靴だった。


 乱暴に脱ぎ散らかしたリョウのハイカットブーツに挟まれて、ベージュのローヒールパンプスが縁側の下の敷石に置かれていた。


 心臓が大きく音をたてる。


「誰か……来てるのか」

 靴を見つめたまま言った。リョウは答えない。振り向くと和室の入り口に立ったまま、黙って航の顔を見ている。

「おい。いったい誰が」

 言いかけたとき、廊下の奥で物音がした。嵐のような感情が全身を支配した。
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