三日月の下、君に恋した
「やった。ここ座っていい?」

 四人がけのテーブルで、ちょうど席がふたつ開いていた。太一と呼ばれた男性社員が美也子に親しげな笑顔を向けて、「いいよ」と言った。それからあわてて前を向き、「いいですか?」とあらたまった口調で、自分の向かい側に座る男性にたずねた。

 その男性を見たとたん、菜生はびくっとしてとっさに目をそらした。


 彼はこちらを見ようともせず、淡々と食事を続けながら「どうぞ」と言った。


「すみませーん、早瀬さん」


 美也子がひときわうれしそうな声でそう言い、太一の隣の席に座る。菜生はトレイを持ったまま動けなかった。


 隣に座るの?


 今にも体がふるえだしそうで、必死にこらえる。

「どうしたんですか、菜生さん」

 美也子が菜生のようすに気づいて、じっと見ている。

 まずい、と菜生は思った。絶対に悟られたくない。

 テーブルにトレイを置き、菜生はそろそろと航の隣の席に座った。なるべく近づかないようにイスを離す。
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