三日月の下、君に恋した
 唇が離れた瞬間に、「お願い」と菜生が言いかけて、また航の唇にふさがれる。長いキスのあとで、名残惜しそうに離れてから、彼が「何?」と聞いた。


「……絵がほしいです」


 胸の鼓動と一緒に、あの青い世界から聞こえる声を今も感じる。

「早瀬さんの描いた絵がほしいです」


 彼は一瞬驚いたような顔をして、ゆっくりとやわらかな笑みを浮かべた。





 羽鳥克彦が歩みよると、ベンチに座っていた長崎雅美がにっこり笑って立ち上がった。

「彼女は?」

 沖原菜生の姿を探して公園の中を見回したが、彼女はどこにもいない。

「もうここには来ないつもりだったんだが」


 菜生が最後にもう一度この場所で会いたがっていると雅美が言うので、出向いてきたのだった。夏めいてきた強い陽射しに目を細め、羽鳥はベンチに腰掛けた。

「社長」

 目の前に立った秘書を見上げると、いつになく真剣な瞳でこちらを見ている。


 ふいに彼女が手にしているものを見て、はっとした。

 スケッチブックだった。


「沖原さんから預かってきました。社長にわたしてほしいと」


 それは、羽鳥がずっと持ち歩いていたスケッチブックだった。一枚も描けないまま、もう絵を描く必要はないとわかって、菜生にわたした。
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