三日月の下、君に恋した
 なんで、こんなにどきどきするんだろう?


 さっきはほとんど見ないようにしていたけれど、はっきり彼の姿を目にすると、あらためて見た目のよさを痛感してしまう。


 今日の彼は、無地のチャコールグレーのスーツを着ていた。ネクタイの色は深い海の底を思わせるブルーグレーで、とてもよく似合っていた。そういえば、金曜日にしていたネクタイも、素敵な色だった。

 腹立たしいことに、自分がどれほど魅力をふりまいているか、本人はほとんど気づいていない。

 菜生ははっと我に返り、うろたえた。どこまで彼に近づいていいのか、わからなくなった。それ以上近よることができず、だいぶ距離を置いて立ち止まった。

 彼は離れたところから菜生を見ていたけれど、無表情だった。ただ見ているだけ。


「えーと……」

 彼がためらいがちにそうつぶやくのを、菜生は信じられない思いで聞いた。


「沖原です。通販課の」


「ああ」

 そうだった、と言いたげな顔。菜生はショックを受け、それを押し隠すのに全神経を使わなくてはならないくらい、努力を要した。
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