三日月の下、君に恋した
 菜生が稚拙な言葉で懸命に綴った思いは、幸福なことに、きちんと受けとめてもらえた。

 言葉で伝えるということ、その言葉を受けとった相手から言葉を返してもらうということが、ただそれだけで幸福なのだと知った。


 だけど、幸せな文通はある日とつぜん終わった。返事が来なくなったのだ。何度手紙を出しても、返事は届かなかった。


 一方通行の悲しい手紙を、菜生は半年間送り続けた。そして高校生になるのと同時に、手紙を出すのをやめた。


 高校を卒業して家を出た。

 働きながら、何年も古本屋を探し歩いた。

 七年前、インターネットの古本サイトで、図書館の蔵書を除籍したものが売りに出されているのを見つけ、ようやく美しい青い表紙の本を手に入れた。

 ページの最後にはやはり住所が載っていたが、手紙を送る勇気はなかった。


 菜生が今でも心から会いたいと思うのは、『三日月の森へ』を書いた北原まなみだった。
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