三日月の下、君に恋した
 混雑するエレベーターを避けて、非常階段を使うことにした。八階へとつながる階段をのぼっていると、上着のポケットで携帯電話の着信音が鳴った。


 誰だ、こんなときに。

 航は表示された名前を見て、気が重くなった。


「航くん。もうダメだ」


 電話をかけてきた相手は、悲痛な口調で告げた。

「……またですか」

「今度こそ限界だよ。今すぐもどってきてくれ」


 あたりをうかがい、誰もいないことを確かめる。非常階段は音が響きやすい。航は声をひそめた。

「無理ですよ」

「私だって無理だ。もうこれ以上こんな真似は続けられない。最近、胃の具合が悪いんだ。病気かもしれない。きっとそうだ」


 心の中でため息をつく。その病気は何度目だ?
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