三日月の下、君に恋した
「誰かからのプレゼント?」

 航の言葉に、彼女の目が一瞬さまよう。

「ずいぶん大切そうだなと思って」


 彼女はうろたえながら、「そうです」と小声で言った。近づきすぎたことに気づいたように、そろそろとあとずさる。

 くわしく話すことを、まだためらっているようだった。けれど、航がハンカチを手渡そうとしないのを見て、とまどいながらも話し出した。


「このまえ話した、あの本の──『三日月の森へ』を書いた作者からいただいたんです」


 昼休みの静かな会議室に、彼女のおだやかな声が響く。

「私、子供のころ、その人に手紙を書いたことがあるんです。それでしばらくの間、文通っていうか、手紙のやりとりをしていて。そのハンカチは、私の十二歳の誕生日に、彼女が──北原まなみさんが送ってくれたんです。手紙と一緒に」


 航はひそかに呼吸を整えた。

 彼女の口からその名前が語られるのを、奇跡的な思いで聞いていた。


 彼女が、心からの親しみと愛情をこめて、今はこの世にいない自分の母親の名前を呼ぶのを。
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