三日月の下、君に恋した




 逃げられなかった。

 唇がふれあうのを感じると、菜生は目を閉じた。


 彼がかがんだとき、キスされるとわかったのに、身を引いて拒むこともできたのに、菜生はそうしなかった。

 彼は菜生の左手をそっと握りしめ、抱き寄せることもせず唇をあわせてきた。


 彼の唇がかぶさってきて、菜生の唇の上でゆっくり動く。ずっとやさしい触れ方のままで、金曜の夜のように激しく奪うようなキスには変わらなかった。

 軽く重なった唇のやわらかな感触は心地よくて、包みこむような温もりさえ感じているのに、どうしてか、菜生はせつなくなった。


 キスが、何か大切なことを伝えているような気がしたからだ。


 錯覚にちがいない。


 でも、だったらどうして、こんな気持ちになるんだろう。
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