三日月の下、君に恋した
その本を最初に見たのは、十歳のときだった。
母の親しい友人だった早瀬正幸が、日曜日に航を自宅に招いた。母は来なかった。
早瀬の家は、縁側に囲まれた古い民家だった。都会を離れた山の裾野にあるその家に、彼はひとりで住んでいた。
襖で仕切られた畳敷きの広い部屋、黒光りする柱に薄暗い廊下、苔むした庭。狭いアパート暮らしの航の目には、なにもかもめずらしく映った。
振り子時計のある、落ち着いた感じの八畳の和室に案内され、話があると切り出された。
「結婚のことなら反対しないよ」と、先に航は言った。
本心だった。早瀬のことは気に入っていた。
自分の父親になってほしいというより、母と一緒に暮らしてほしいと思っていた。母がずっとひとりでがんばってきたことを、誰よりも知っている。
早瀬はちょっと驚いたように航を見て、「ああ、うん。そうか。ありがとう」と言って照れくさそうに笑った。
「じゃあ、家族になったらこの家に引っ越してきてもらうことになるけど、いいかな」
「ここに住むの? 俺も?」