三日月の下、君に恋した
「そうだよ。みんなでここに住むんだ。嫌か?」

「別に嫌じゃないよ」


 こんな大きな家に住めるなんて夢みたいだと思った。自分だけの部屋がもらえるかもしれないし、犬だって飼えるかもしれない。友達だってたくさん呼べる。

 早瀬はほっとしたようだった。そして一冊の本を航の前に置いた。


「今日は、この本をきみに渡したかったんだ」


 航は目の前に置かれた、青い表紙の分厚い本を見た。『三日月の森へ』という題がついていた。


「この本はきみのお母さんが書いたんだよ。お母さんが、むかし物語を書いていたことは、知ってる?」

 航はうなずいた。

「知ってるよ。でも今は書いてない。ずっと前にやめたって聞いた」

「うん。これはお母さんが書いた最後の本──きみがお腹にいるときに、書かれたものなんだ」


 航は本の表紙をじっと見た。緑がかった深い青は、遠くまで続く広い森と、夜空の色だった。空の中心に三日月が浮いている。きれいだけど、どことなく怖いような気もする。


「これをきみに渡してほしいって、お母さんにたのまれた」

「なんで自分で渡さないの?」

「さあ。恥ずかしいんじゃないかな」
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