三日月の下、君に恋した
 フロアにいた社員がつぎつぎと部屋を出ていく。全社朝礼に出るためだ。菜生と美也子も、最上階の多目的ホールに向かった。

「おーい」

 階段を上る人混みの中で、明るい声がした。振り向くと、友野太一が手を振りながら近づいてくる。隣には航がいて、菜生を見ると一瞬困ったような顔をした。

「新しい専務の話、聞いた?」

「社長の甥だろ。まだ若いって聞いたけど」


 美也子と太一が話しながら並んで歩き出したので、菜生は航と並んで二人のあとからついていく形になった。気まずい。

 肩がふれるほど近くにいて、話したいことがたくさんあるのに、話しかけることができない。美也子にも誰にも、彼とのことを知られたくなかった。

 付き合っているわけじゃない。友達でもない。勢いで寝てしまっただけの関係だなんて、とても話せない。


 でも。

 会議室でキスされたときから、わからなくなってしまった。
< 59 / 246 >

この作品をシェア

pagetop