三日月の下、君に恋した
2.三日月は誘う


 口説かれてる、という気はしなかった。

 ついでに声をかけられた、みたいな軽い感じ。

 それに私なんか相手にするはずない、という確信もあって、菜生は誘いに乗った。


 駅前のダイニングバーに入ったとき、確信は一〇〇%安心に代わった。その店は会社の人も普段からよく利用する店で、しょっちゅう誰かと鉢合わせするのだ。そういう店に迷わず入るくらいだから、下心は皆無だと思った。


「今さらだけど、名前聞いていい?」

 テーブルにつくと、真っ先に彼が言った。少し申し訳なさそうに。

「あ、すみません」

 そりゃそうだ。私のことなんか知ってるはずがない。

「通販課の沖原菜生です」

「通販課? どんな仕事してんの?」

「えーと、私は主にカタログ作りです。年に四回。あとチラシとか」

「へえ。面白そうだな」

 彼が興味深げに見るので、菜生はどきどきした。それにカタログ作りを面白そう、と言われたのが意外だった。
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