三日月の下、君に恋した
「悪いけど、これから会議に出る約束なんだ。きみのおかげですっかり遅刻してしまった」

 専務がさっさと歩き出したのを見て、菜生は焦った。

「待ってください、専務」


 菜生が追いすがるのを、梶専務はうっとうしそうな目で見た。わざとらしく大仰に立ち止まると、菜生の真正面に立つよう向きを変えた。蔑むような目で菜生を見下ろす。


「もどりなさいといったはずだが? 聞こえなかったのか」

「お願いします。私のハンカチを返してください」

「しつこいな、きみも」


 専務は手にしていた菜生のハンカチを顔の前で広げ、両手で引き裂こうとした。


「冗談がすぎますよ、専務」


 急に後ろから伸びてきた大きな手が、専務の左手を掴んだ。あっと思う間にハンカチを取り上げる。

「ほら、沖原さんが困ってるじゃないですか」

 早瀬航の顔を見たとたん、菜生は泣きそうになった。そして今すぐすがりつきたくなるのを必死にこらえた。

 航は菜生の両手にハンカチをしっかり握らせた。そして、菜生を背にしてかばうように立ち、梶専務と向き合った。
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