三日月の下、君に恋した
 何も怖い思いなどしていないはずなのに、どうしてか体のふるえが止まらない。

「ちゃんと聞いて」

 喉の奥からしぼりだすように声が出た。


 同時に、こらえていた涙があふれてきた。


 また恥ずかしいところを見られてしまっている。情けないけど、どうしようもない。

 ふいに、彼の腕が伸びてきて、菜生の体をやわらかく抱き寄せた。


「うん。わかった。ちゃんと聞くから」


 低い声が、菜生の耳もとでやさしく響いた。

 小さな子供を抱くように、彼は菜生のふるえる体を自分の胸に包みこんだ。


 心臓の鼓動が重なり合うのがわかる。

 彼が、全身で菜生の言葉を受けとめようとしてくれているのがわかる。


 この場所は安心できる。ずっとこの腕の中から出たくないと思う。

 あの本と同じだ、と菜生は思った。


 航のことが好きだと、今はっきり気づいた。


 彼は体だけの関係を望んでいるかもしれないし、誰がどう見たって不釣り合いだし、とてもこの恋が報われるとは思えない。気持ちを伝えることは、きっとないだろう。


 それでも、彼が好きだという思いを消すことはできそうになかった。
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