三日月の下、君に恋した
「お待たせして申し訳ありません、葛城先生」

 航が二人のいるところまで近づいてきたとき、菜生はふとその場の空気がやわらいだことに気づいた。


 最初は、それが自分の内側からの感覚だと思いこんでいた。彼の存在を感じるだけで、嘘みたいに安心してしまう自分の。


 でも、それだけじゃなかった。


 葛城リョウが航から書類の入った封筒を受け取ったとき、たったそれだけの仕種だったのに、彼が──傍若無人で野生の狼みたいな葛城リョウが、航に気を許していることがはっきりわかった。

「じゃ、帰るわ」

 そう言ってその場を離れかけ、ふと気が変わったように足を止めた。振り向いて、菜生と航を無遠慮な視線でじろじろ見る。


「あー、その前にアイツに連絡入れとくか」

 唐突にそう言うと、その場で携帯電話を取りだし、どこかにかけ始めた。

「あ、梶専務?」


 菜生はぎょっとした。アイツって、梶専務?

「この話、引き受けることにした。で、担当は早瀬ってやつにしてくれ。それが条件。じゃ」

 一方的にしゃべり終えると電話を切って、さっさとポケットにしまう。
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