三日月の下、君に恋した
 菜生自身もその噂を媒介しているひとりかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになった。

「火のないところに煙は立たないっていうから、何も喋らないようにしてるのに」

「それ……たぶん逆効果だと思います」

「え、なんで?」

「だって早瀬さん、あまりにも謎すぎますもん。知りたいことだらけなのに……その、みんな、早瀬さんのこと知りたいと思ってるのに、何もわからないから、いろいろ想像しちゃうんですよきっと」

 彼は何か思いめぐらすような顔つきをしていたけれど、そのうちテーブルに片肘をついて掌にあごをのせ、意味深な瞳で菜生をじっと見た。


「俺の何が知りたいの?」


 心臓が急速に跳ね上がった。菜生は視線をそらして、テーブルの上のグラスを見つめた。

「……以前はどこに勤めてたのかな、とか」

「小さな出版社」

「出版社?」

「そう。そこで編集をしてた」
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