Dummy Lover


「て、ていうか、私たち、ほん――」

「こら、ルール違反はやめてよね」


焦って『本当の恋人じゃない』と言いそうになったところで、口を白谷の手でふさがれた。


いきなり低くなった白谷の声。
それを聞いて、私の中のなんとなく温かかった気持ちが、すぅっと冷えていった。

白谷の顔つきは、あの日の、私たちが“契約”を結んだ日の、英語科資料室で見た顔と一緒だった。




私、何ドキドキしてるんだろう。


結局、私と白谷は、“偽”で。

お互いの本性を隠すためだけに一緒にいるのであって。
監視し合っているだけなわけで。


……それ以上でも、それ以下でもないのに。




いきなり大人しくなった私を、白谷は不思議そうな顔をしてみていた。
あの顔つきはもうなくて、声も柔らかかった。


「どした、由愛ちゃん?…僕の『可愛い』にときめいちゃった?」

「な、…」


その顔を見ると、なぜか一瞬冷えた気持ちがまた温かくなって。




なんで、私は。

なんで、私、こんなに揺らいでいるんだろう。




そんなことを思ったけど、自分が何に揺らいでいるのかも分からずに、その気持ちを心の奥底にしまい込むことにした。

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