先輩と僕
「あ、あの、田島ケンイチの、妹なんですけど」

元気キャラのマイミが珍しくおどおどしながら答えると、店員はにっこり笑って、僕たちに囁いてきた。

「田島さんの妹さんなら、おまけで半額にしてあげるよ。他の子には、内緒にしてね?」

「えっ、いいんですかあ!」

さっきまでこの世の終わりみたいになっていたマイミが、パッと笑顔になった。

「うん、でも内緒にしてね、ばれたら怒られるから」

店員が言うと、アキラは「お姉さん!あなた神ですか!」とか言って興奮しだした。

よかったな、金欠アキラ。

そんなわけで、僕たちは案内された部屋に入室し、みんなでカラオケを楽しみはじめた。

一曲目はテンションMAXのアキラが歌い、続いてマイミ、そして女子たちが次々に曲を入れて歌っている。男子たちは主に叫んだり踊ったりしてるばっかりで、ちゃんと歌う奴はほとんどいない。

僕は、みんなと一緒に騒いでいたけど、やっぱり心の底からは楽しめていなかった。

あのことを、ずっと考えていた。

後悔、と呼ぶにはもっとわがままな感情。

ふと、笑っているのが苦しくなった僕は、トイレに行くふりをして部屋を出た。

ドアを閉めると、みんなの楽しそうな声と明るい音楽から、僕だけ切り離されたみたいに感じた。たった一枚のドアを挟んだだけだけど。

部屋の前に立っているのも変なので、僕は受付スペース手前のソファまで行くことにした。

ソファに座ってぼーっとしていると、さっきの店員が、何やらポスターらしきものを壁に貼ろうとしているのが見えた。

...が、明らかに右上がりに貼ろうとしている。店員は大きなポスターを必死に押さえながら画びょうを刺そうとしていて、全体の傾きは見えていないみたいだ。
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