琥珀色の誘惑 ―王国編―
まず、謁見がこれほど早く行われるとは思ってもいなかった。およそ結婚式直前と考えていたのが大誤算だ。

そして、舞がヤイーシュのことにこだわったための喧嘩である。ヤイーシュに怪我はない、任務を果たしたに過ぎない――何度言っても舞は納得しない。

ヤイーシュは独身で婚約者もいない。父親が亡くなっている事情もあるが、青い瞳のせいでアル=バドル一族に馴染めぬことが最大の原因だろう。

それは反面、いざとなればムスリムの掟はおろか、クアルンすら捨てるかも知れない。

もし、ヤイーシュが舞を奪おうと考えれば……。

そんなことを悩み続け、結局、改宗に伴う改名のことを舞に伝えられなかったのだ。



クアルン王国では、全国民が生まれながらのイスラム教徒だ。

女性は父親が許せば異教徒に嫁ぐことが出来る。一方、男性の場合は妻となる女性が改宗することが結婚の条件であった。

ヌール妃は日本名を笹原ひかりと言う。

二十九年前、現国王であるカイサル王子が来日した際、母親がクアルン人という関係から通訳を仰せつかった。父親が大学教授ということもあり、彼女自身、大学院の博士課程で言語学の研究をしていたという理由もある。

ひかりは第四夫人となる時、イスラムに改宗し、ムスリムの名前を賜った。それがヌール・モハメッド・イブラヒーム。“ヌール”とは光のことである。

そして改宗後は、ムスリムの名前しか使用出来ない。


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