弟矢 ―四神剣伝説―
「ではここで、数十人の里人を救うために、青龍を奪われ、我々全員殺されても仕方なし、と言うのか?」

「そんなこと言ってねえだろ。連中が殺気立ってんのは一矢が現れたせいだ。それは……俺のせいってことだろ。結局、用があるのは俺なんだ」


弓月には乙矢の言わんとする ことがようやくわかった。


「駄目です、乙矢殿! 行ってはいけません。助けたいのは誰もが同じです。だが、大義の為には、涙を呑んで耐えねばならない時もあるのです!」


彼女の脳裏に浮かんだのは、父や兄のことだった。

願わくは、自分もあの場に残りたかった。最後まで、父を人に戻すために、戦いたかった。しかし、大義の為……逃げることを優先した自分は間違ってなどいない。

弓月にそれを、否定することなどできようはずもない。


「悪い、弓月殿。俺には、それだけはよくわかんねえや。とにかく、さ。奴らの前に出て行って、一矢の名前を騙ってました、ごめんなさいって言ってくる。まだ使えるって思われたら、殺されないだろうし、用無しって思われたら……そん時はしようがねぇよな」


乙矢の呆気らかんとした台詞に、新蔵は心底、脱力したようだ。


「お前なぁ……この期に及んで、まだ白旗を振るつもりか?」

「武藤って奴は、とにかく強ぇぜ。俺で勝負になるわけないだろ? 弓月殿、ごめんな。俺にはやっぱ、一矢の代わりにはなれないや。せめて、皆が逃げる間の時間稼ぎくらいはするからさ。それで勘弁してくれよ」


静かに、それでいて少し哀しそうに乙矢は微笑む。そして、丸腰のまま皆に背を向けた。夜明け前の森に、乙矢の姿が吸い込まれそうになる。

弓月は慌てて、およそ彼女らしからぬことを言ってしまう。


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