弟矢 ―四神剣伝説―
里の様子を遠目で見て、舌打ちする人間がひとり。狩野天上だ。


「物好きな奴らだな。そうは思わぬか? 我らにとってはいい迷惑だ」

「は、はぁ……」


隣に控えた部下がなんとも言えぬ顔で返事をした。

その後ろには、数人の兵士が控えている。しかし、ここより少し離れた街道沿いには数百の兵士を配置してあった。


「戻り道や反対側にも同じ数を配置したというのに……無駄であったな」


武藤の策を知り、奴には何も言わず周囲を手勢で固めた。正面衝突は避け、里人を囮に東国に逃げ帰るとばかり思っていたが……どうやら読み違えたようである。狩野は虚脱感が拭えない。


「だが、アレは確かに一矢ではないな。と、いうことは……あのお方はやはり……」

「狩野様? 我らはいかが致しましょう」


頭の中で考えていたことを、どうやら言葉にしていたようだ。それに気づき、狩野は口を噤んだ。どこに“耳”があるやも知れぬ状況だ。うっかりは命取りとなる。


「神剣まで持ち出しているのだ。後は武藤に任せ、我らは高みの見物といこう」

「はっ」


狩野は数人の側近を伴い、里の西側から忍び寄った。

彼らの位置が里の東側でなかったことは、乙矢らにとって幸運であったと言えよう。


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