弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢が振り返ると、すぐ後ろに狩野と呼ばれた男は立っていた。

弓月はすでに、いつでも刀の抜ける態勢だ。乙矢は無意識のうちに、そんな弓月と男の間に、手にした『青龍二の剣』を差し込み、壁を作った。


狩野は、なかなかどうして、と感心したように肯きながら、なんと無造作に乙矢らの横を悠然とすり抜けて行く。


「弓月殿、あの男に心当たりは?」

「いえ、わかりませぬ。ですが、あの剣気は……およそ、能力も地位も武藤より上の者であろうと」


声を潜めて言葉を交わすふたりに、狩野は妖しげな微笑みを浮かべた。


「どうなさいましたか? 勇者殿。私が気になりますかな?」


武藤のようなわかり易い残忍さは見て取れない。むしろ、顔の造作は美形の部類といえる。だが、どこか爬虫類を思わせる気色悪さがあった。

乙矢の背筋に、奇妙な感覚が走る。回れ右をして逃げ出したくなる足をどうにか踏ん張り、乙矢はようよう言い返した。


「ひ、人に何かを尋ねる前に、まず、な、名乗ったらどうだ?」


喘ぐように言い返す乙矢を、狩野はジッと見つめている。それは、蛇が蛙を捕える時の眼差しにも似ていて……。


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