弟矢 ―四神剣伝説―

三、臥待月の下にて

重い体を引き摺るように、乙矢は最初に寝かされていた部屋に戻った。



ここは約五十年前まで高円の里があった場所だという。

地すべりの被害で十件余りが崩れ、田畑も埋もれた。そのため、ここより街道に近い位置に里を移したのだ。この里を知るものは少ない。当時も生きていたという年寄りがひとりと、父に聞いたという一矢だけ。

そう……ここは、乙矢も知らぬ場所であった。



体を横にし、ギュッと目を瞑り、眠るんだと自分に命令する。

この布団も、一矢の指示で、高円の里から急ぎ運ばせたものだと聞いた。皆の期待通り、一矢は帰ってきてくれた。この先は全て一矢がやってくれる。昔のように任せておけばいい。

そう思うのだが……。


「ぜんぜん、眠れねぇ」


自分の声が耳から聞こえ、乙矢は目を開けた。思わず、口にしていたようだ。

肩の痛みはともかく、心がざわめいて一向に眠れそうもない。諦めて、体を起こした。

水でも飲んで来ようと、再び廊下に出たものの、よく考えれば右も左もわからない。今また、弓月や一矢と顔を合わすのもばつが悪い。方向を変え、乙矢は正三が寝かされている部屋に足を向けた。


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