弟矢 ―四神剣伝説―
「お前……『二の剣』を手に、戦ったのか?」


らしくなく、正三の声は震えていた。


「そう、みたいだ、な。でも、左肩が疼いて……すぐに意識が落ちちまったからな。鬼になる間がなかった、というか」


正三は顔を上げると、無言で乙矢を見つめ続けた。それは得難い、尊いものを見つけたかのような、慈愛に満ちた眼差しだ。


「まあ、あの後すぐ一矢が駆けつけてくれて、おかげで全員命拾いってわけだ。よかったな。あんたが言ってた通り、神剣の持ち主が現れてさ。これで、勝機も出たってことかな」


正三の視線に気付くこともなく、乙矢は一所懸命に嬉しそうな声を出した。

内心は――本物が現れた以上、偽物に出番はない。弓月のことで、下手に手を出せば、一矢の怒りを買いかねない。間違っても、一矢と弓月を争うつもりはなかった。

結局、自分は鬼にすらなれない能無しなのだ。

そう思うと情けなくて、弓月はおろか、誰の目もまともに見ることもできない。


だが正三は違った。

彼は知っていた。鬼の声に心を囚われたら、鬼へと変化するのに傷や痛みなど関係ないということを。――鬼の声に『否』と言えた者は、鬼にはならない。そしてそれが言えるのは――。

正三は、目の前の霧が晴れたような心持ちで言葉を選んだ。


「ああ……神剣の主を見つけた。お前がそう言うなら、私は生きよう」


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