弟矢 ―四神剣伝説―
「凪先生。昨夜の一矢殿のお言葉に、間違いはないと思われますか?」


起き抜けの弓月の来訪に凪は慌てて身繕いし、寝間の横に座る。

いささか、弓月らしからぬ、礼儀を欠いた振る舞いだ。しかし、あえて凪は不問にした。

弓月の姿を見ることはできないが、その息遣いから、彼女が一睡もできずにいたことは明白であった。


「それは、瀕死の重傷を負った、という言葉ですか?」

「はい。あの一矢殿が……むざむざとやられるでしょうか?」

「それはわかりません。しかし、傷跡はございました。私には、かなり深手の刀傷に思えましたが」

「では事実であろう、と」


弓月の声は不安を形にしていた。

勇者と目される一矢との再会以降、弓月の神気は下がる一方だ。本来なら、許婚である一矢の傍に控えていて当然だが、この三日間、ほとんど乙矢か正三の枕元にいた。

昨夜、乙矢が目覚めて部屋に飛び込んできた、あの瞬間、ここ数日で、最も弓月の声が華やいだ時だった。


「何に怯えておられます、弓月どの。何か、気付かれたのですか?」

「いえ……理由などありません。ただ、一矢殿は『青龍二の剣』を、あまりに慣れた手さばきで使われました。なんの躊躇いもなく神剣を抜かれたのです。勇者の証と言われたら、それまでなのですが……」

「正三に聞いたのですが、乙矢どのも『二の剣』を抜かれたとか」

「はい! 正三の剣を左肩に受け、それを引き抜いて、新蔵が振り下ろした刀を払いました。そして、私に襲い掛かった敵も見事に斬り捨てられたのです。ただ……正三と同じく、敵がどうの、と口走ってはおられましたが」


『誰も斬りたくない……誰も殺させない』乙矢はそう叫んだ。瞳の色が目に見えてくるくる代わり、弓月は息を詰めて見ていた気がする。

ひょっとしたら、乙矢は神剣の持ち主なのかもしれない。その思いが弓月の中に浮かび、縋るような気持ちだったが、乙矢本人は意識を取り戻した後、違うと否定した。


「双子なれば、同じ力を授かっていてもおかしくはありませんが……」


そう言ったまま凪も黙り込む。


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