弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢の目の前に、父の首が転がった。

刀を手に闘うどころか、乙矢は腰が抜け、膝が震えた。逃げることもできず、床に這いつくばった。


『乙矢っ! 逃げろ! お前は生きねばならん!』


父の最期の言葉だ。

乙矢を庇った母の体から噴き出した血で、視界は真っ赤に染まる。そして、誰も庇う者のいなくなった乙矢の頭上に、再び『白虎』の両刃が煌いた。

その瞬間、仮面の男が背後から、鬼を一刀両断にしたのだ。


『お前のおかげで、封印された神殿から『白虎』を持ち出せた。お前の命は助けてやろう。嬉しいであろう? 名誉も誇りも家族の命すら売り渡して、助かった気分は最高であろう?』


仮面の奥からくぐもった声で言うと、男はさも嬉しそうに笑った。

首だけとなった父は憤怒の形相で乙矢を睨んでいる。血の匂いにむせ返る地獄絵図の中、微かに息のあった母が乙矢の腕の中で最期に言い残した。


『おまえの……せいでは、ない。剣を、取れずとも……お前は……わたしの息子、です。いばらの道を、歩かせるやも、知れません。……ゆるしてちょうだい。乙矢……霞と一矢を……守ってやって、お願』


母は姉が自害したことを知らずに逝った。乙矢には、どうしても言えなかった。


『母上、母上ぇ……母上えぇっ!!』


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