弟矢 ―四神剣伝説―
一矢に刻限を決められてから三日……明朝までにここを去らなければ、弓月に全てを知られてしまう。

いや、真実を知られて軽蔑されても、それは仕方のないことだ。罪人として処断される覚悟もできている。


だが、一矢が乙矢を里から追い払いたいのは、別の理由だと察していた。

弓月に対して、未来の兄嫁以上の感情を抱いていることに、一矢は気付いている。

情け深い弓月は、惨めで頼りない義弟を哀れに思い、何度も庇ってくれた。その優しさを誤解され、万一にも一矢が、ふたりの関係を“不義”と決めつければ、弓月の名誉は著しく失墜する。


まさか弓月が、自分に運命を感じているなど思ってもみない。

何処を取っても、自分が一矢に優るところなど見当たらない。女に限らず、どんな人間でも、ふたり並べれば一矢に惹かれる。あのおゆきが自分と逃げたいと言ったのも、一矢のことを知らないからだ、と本気で思っていた。

その点だけ見れば、彼がどうしようもない愚か者であることは間違いなかった。



「乙矢殿」


ハッとして振り向くと、そこに弓月が立っていた。


「お話があるのですが、よろしいですか?」

「えっと、いやあの……俺、川まで行って、水を汲んで来ないと」

「ここに来てから、私を避けておられますね。何故ですか?」


< 188 / 484 >

この作品をシェア

pagetop