弟矢 ―四神剣伝説―
ふたりの横に井戸がある。決して枯れた訳ではないが、土砂で蓋をされ、今は水を汲み上げることができない。

その存在は乙矢のそれと重なった。

同じ爾志家の嫡子でありながら、一矢は里人から「一矢様」と呼ばれ、下にも置かないもてなしだ。一方、乙矢は傷も癒えてないのに、水汲みだけでなく、薪割りや風呂焚きまでやっている。不公平だ、と思うのが普通だ。なのに、乙矢は笑っていた。


「だから、あんなことを仰ったのですか?」

「え? あんなって」

「初めてお目に掛かった時です。神剣も敵討ちもどうでもいいなどと仰られて……困惑致しました」

「でも、俺のこと守ってくれるって言ったろ? そっくりなくせに情けないって、新蔵みたいに怒ると思ってた」

「乙矢殿と一矢殿は違います! 私は……何かを感じたのです。一矢殿に出逢った時とは違う何かを、あの河原で」


乙矢は弓月の視線を感じていた。

こんな時、必ず湧き上がる感情がある。危うく鬼に乗っ取られそうになるほど強い感情……それは、一矢の懸念通り、兄嫁に抱くには邪な感情だった。


「乙矢殿、私は」

「俺は、一矢に勝ち続けて欲しいんだ。俺を守らなきゃならない、そう思うことでアイツが強くいられるなら……俺は、ずっと愚図の役立たずでいいと思ってる。戦うこととか、争うことは苦手なんだよ。――ごめん、弓月殿。俺の代わりに怒ってくれたのに……ごめん」


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