弟矢 ―四神剣伝説―
――「私と来るなら、そなたを守って差し上げるが」


その言葉を聞いた時、乙矢は驚いて声も出なかった。

なるべく人目につかず、噂にならず、身を潜めていたつもりだったのに、とうとう見つかってしまった。多分、同じ顔の別人を期待して来たのだろう。


新蔵、と呼ばれた男には本気で殺されると思った。

いっそ、それでもよかったが……いや、まだ死ねない。一矢は必ず乙矢を助けに来る。それまでは、決して死ぬ訳にはいかないのだ。



一矢と乙矢の兄弟は、四半刻も違わずに生まれてきた。

赤ん坊のころから、親も見紛うほど、全く同じ姿形をしている。同じように育てられ、六つの頃までは親の期待も等分であった。

だが、次第に差がつき始める。何事にも積極的で器用な一矢に比べ、乙矢は消極的で怖がり、おまけに泣き虫であった。


爾志流古武術二十三代目宗主の父は、非常に厳格な人物だった。それは他人に対してより、自身に対して、或いは、最も身近な二人の息子には格段厳しかった。

幼い頃から勝気で負けず嫌いの一矢は、倍も年上の少年を相手にしても、一歩も引かない。それに比べ……。


乙矢は剣術も体術も稽古は嫌いではなかったが……いざ勝負となると逃げ出してしまう。

臆病者、面汚しと父から叱られ、折檻されることもあった。


「一矢の気迫の半分でも乙矢にあれば……」


何度となく言われた言葉だ。


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