弟矢 ―四神剣伝説―
第五章 佐用山中
一、初夏の狂乱
長く使われてなかったこの場所には、人の心を惑わす何かがあるのだろうか?
里を吹き抜ける暖かい風は、どこか息苦しく、弓月の身体にねっとりと纏わり付いた。東国より西国のほうが、湿度が高いのかもしれない。
そしてそれは、弓月だけでなく、遊馬一門の思考をも狂わせ始めていた。
弓月は迷路に足を踏み入れた気分だった。
一矢の言う通り、乙矢が『白虎』を蚩尤軍に渡したのだろうか? 例えそうだとしても、彼が神剣を盗むなどありえない。いや、百歩譲って盗んだとしても、里人を殺めることは絶対にない。
だがもし、乙矢が弓月のことを思って罪を重ねたのだとしたら……。
「織田さん! 一矢様に向かって失礼だとは思わないんですか? 乙矢が『青龍』を盗んだのは明らかなのに!」
弓月の混迷した精神状態を打ち破るように、新蔵が声を張り上げた。
どうやら、勇者に刃向かった正三の言動に、許せないものを感じたようだ。
「新蔵、落ち着け。乙矢殿が盗んだと……」
「盗んだに決まってる! おいら、見たんだ。アイツが一矢さまに泣きついて謝ってるところを」
「弥太! 何を言い出すのです。そんなことが……」
弥太吉の突然の告白に、その場にいた全員が蒼白になった。
弓月にはにわかに信じ難いことだ。
「本当です! おいらに聞こえたのは、姫さまには話さないでくれって、知られたくないって……。それで一矢さまが――罪人にはしたくないから、里から逃げろって」
「弥太、それが事実ならなぜ我らに報告しないのです?」
里を吹き抜ける暖かい風は、どこか息苦しく、弓月の身体にねっとりと纏わり付いた。東国より西国のほうが、湿度が高いのかもしれない。
そしてそれは、弓月だけでなく、遊馬一門の思考をも狂わせ始めていた。
弓月は迷路に足を踏み入れた気分だった。
一矢の言う通り、乙矢が『白虎』を蚩尤軍に渡したのだろうか? 例えそうだとしても、彼が神剣を盗むなどありえない。いや、百歩譲って盗んだとしても、里人を殺めることは絶対にない。
だがもし、乙矢が弓月のことを思って罪を重ねたのだとしたら……。
「織田さん! 一矢様に向かって失礼だとは思わないんですか? 乙矢が『青龍』を盗んだのは明らかなのに!」
弓月の混迷した精神状態を打ち破るように、新蔵が声を張り上げた。
どうやら、勇者に刃向かった正三の言動に、許せないものを感じたようだ。
「新蔵、落ち着け。乙矢殿が盗んだと……」
「盗んだに決まってる! おいら、見たんだ。アイツが一矢さまに泣きついて謝ってるところを」
「弥太! 何を言い出すのです。そんなことが……」
弥太吉の突然の告白に、その場にいた全員が蒼白になった。
弓月にはにわかに信じ難いことだ。
「本当です! おいらに聞こえたのは、姫さまには話さないでくれって、知られたくないって……。それで一矢さまが――罪人にはしたくないから、里から逃げろって」
「弥太、それが事実ならなぜ我らに報告しないのです?」