弟矢 ―四神剣伝説―
そんな時に庇ってくれたのが兄であった。
「乙矢は優しいんだ。乱世ならともかく、この治世で神剣の持ち主など必要な事態にはならないよ。だったら、乙矢のように穏やかな奴がいても問題ないさ。何かあったら弟の分も僕が戦うから。乙矢はそのままでいいよ」
父に叱られるたび、一矢はそう言って慰めてくれたのだった。
「一矢、何処に居るんだ。戻ってきてくれ……助けてくれよ、一矢」
膝を抱え呟くと、知らず知らずのうちに涙が込み上げてくる。
「お前がいたら……お前だったら、父上も母上も姉上も死ななかったのに。俺は、生まれて来なけりゃよかったんだ。なんで、器だけ同じで、中身のまるで違う俺なんかが、この世に生まれて来たんだ」
自分は一矢という太陽の影に過ぎない。太陽が消えれば、影も消える。
――その想いは、物心ついた時から、乙矢の中に刷り込まれていた。
そして今日、一矢の許婚である弓月に出逢う。遊馬の姫、男の身なりをしていても、冴え渡る月のように美しい穢れなき乙女だ。『白虎』の勇者に違いないと言われた一矢の花嫁に相応しい姫君。
どぶの中を這いずって逃げ回り、泥と小便にまみれながら命乞いをする。そんな男には、近づく事も叶わない……。
(何を考えてんだよ、俺は)
愚かな想像に、乙矢は、無造作に髪を掻きむしった。
だが、その背後には複数の影が迫っていた。
「乙矢は優しいんだ。乱世ならともかく、この治世で神剣の持ち主など必要な事態にはならないよ。だったら、乙矢のように穏やかな奴がいても問題ないさ。何かあったら弟の分も僕が戦うから。乙矢はそのままでいいよ」
父に叱られるたび、一矢はそう言って慰めてくれたのだった。
「一矢、何処に居るんだ。戻ってきてくれ……助けてくれよ、一矢」
膝を抱え呟くと、知らず知らずのうちに涙が込み上げてくる。
「お前がいたら……お前だったら、父上も母上も姉上も死ななかったのに。俺は、生まれて来なけりゃよかったんだ。なんで、器だけ同じで、中身のまるで違う俺なんかが、この世に生まれて来たんだ」
自分は一矢という太陽の影に過ぎない。太陽が消えれば、影も消える。
――その想いは、物心ついた時から、乙矢の中に刷り込まれていた。
そして今日、一矢の許婚である弓月に出逢う。遊馬の姫、男の身なりをしていても、冴え渡る月のように美しい穢れなき乙女だ。『白虎』の勇者に違いないと言われた一矢の花嫁に相応しい姫君。
どぶの中を這いずって逃げ回り、泥と小便にまみれながら命乞いをする。そんな男には、近づく事も叶わない……。
(何を考えてんだよ、俺は)
愚かな想像に、乙矢は、無造作に髪を掻きむしった。
だが、その背後には複数の影が迫っていた。