弟矢 ―四神剣伝説―
みるみる青ざめる乙矢を見て、新蔵の疑惑は確信へと変わった。


「保身のためなら神剣はおろか、親兄弟も売るのか! この恥知らずめ!」


こんな男に、弓月様が心を奪われてしまうとは。悔しさに、新蔵の胸に灯った炎が揺らめいた。


――殺さねばならない。裏切り者は……敵は殺さねばならない。殺せ!




朝の静寂を打ち破り、木々が瞬時にざわめいた。

新蔵から立ち昇る妖気に、乙矢は眩暈を感じる。その瞳に、ほんの一瞬、濁った鬼の気配が横切った。

滝の音も、風の音も消え、里の戦闘を思い出すかのように、乙矢の左肩が抉られるように痛んだ。

なぜ、新蔵から鬼の気配を感じるのか。一体、彼はどうなってしまったのか。そのことを考える隙も与えず、新蔵は間髪を入れずに乙矢に襲い掛かる。

丸腰の乙矢には、ただひたすら逃げることしかできない。

しかし、あがなうことすら赦されなかった罪を、目の前に突きつけられては……。逃げることすら不当に思えるのだ。雑念は乙矢の動きから“切れ”を奪った。


「違う! 違うんだ新蔵。俺は……守りたかっただけだ! 姉上を救いたかった……それだけなんだ!」

「ふざけるなっ! 罪もない里人を殺しおって。貴様は鬼だ!!」


< 223 / 484 >

この作品をシェア

pagetop