弟矢 ―四神剣伝説―
勇者の口から吐き出された呪詛のような言葉。

新蔵の瞳から入り込み、奥へ奥へと侵食して行く。動きの止まった新蔵の耳元に口を寄せ、一矢は続けた。


『勇者の血を引くというだけで、戦いから逃げるばかりの男に、大事な姫様を奪われても良いのか? 弓月殿が婿養子を迎え遊馬を継ぐなら、このままでは乙矢を選ぶぞ。おぬしは、乙矢を宗主と立てられるか? 本来なら、遊馬一門で最も腕が立ち、歳の近いおぬしが婿に選ばれるべきではないか? 乙矢さえいなくなれば、弓月殿はおぬしを選ぶに違いない。――気に病む必要などない。奴は『白虎』『青龍』と立て続けに盗んだ罪人。罪人を裁くのに遠慮は要らぬ。おぬしは勇者の選んだ剣士だ』


それは新蔵が切望する、彼にとって都合の良い言葉ばかりだ。

一定の拍子を保ちながら侵入してくる一矢の声は、まるで子守唄のように心地よい。ゆらゆらと視界が揺れて、新蔵は眠りに落ちる寸前の浮遊感の中に漂った。


『よいな新蔵。おぬしには私の大事な脇差を与えよう。乙矢に止めを刺す、その時まで抜いてはならぬぞ。これには私の力が籠められている。私はおぬしに、最強の力を与えてやろう』


――お前は、勇者に選ばれた剣士だ。乙矢は敵だ。敵は殺さねばならぬ。


『乙矢を殺さねばならない……乙矢を殺す……』


本人にはまるで自覚はない。

だが、この時の新蔵の姿は『青龍二の剣』の鬼に心を奪われた正三と瓜二つであった。


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