弟矢 ―四神剣伝説―
「なぁ新蔵、こいつら、お前が連れてきたわけ?」

「ば、馬鹿を言うなっ!」


新蔵は咄嗟に刀を抜こうとしたが、腰にあるのは鞘のみ。慌てて落とした刀を拾い上げる。


「いや……まさか……お前が俺を嵌めたんじゃあるまいな」


今度は、新蔵が乙矢を疑い始める。


「あのなぁ。だったらそいつらに聞いてみろよ」


この時、乙矢には真実が見えた気がした。だがそれは信じ難い、信じたくないものだ。彼は直視できず、再び目を逸らす。


「狩野様のご命令だ。遊馬の師範が爾志乙矢を殺した後、始末せよと言われたが……。丸腰の腰抜け一人殺せんとは。役立たずばかり揃ったものだ」


部隊の指揮官だろう。彼は自分の言ってる意味に気付いているのだろうか?

わざわざ狩野の名を出す辺りも胡散臭い。第一、その狩野は何処へ行ったと言うのだ。それに、あの武藤小五郎がもし、弓月を狙ったら……。


乙矢の胸に、為す術なく姉上を奪われた時のことが甦る。


『白虎』を差し出した乙矢に、武藤は、下卑た声で笑いながら言った。『貴様の姉は、拙者の子を孕んだやも知れんな。その時は、妾として引き取ってやろう』と。

悔しくて、苦しくて、唇が切れるほど噛み締め、奴の嘲笑に耐えたのだ。乙矢はそれでも、姉が戻って来ることを願った。生きてさえいれば、もう一度、幸せになれるはずだ、と。だが、女の身にそれは死ぬより辛いことだったのだろう。

弓月だけは同じ目に遭って欲しくない。今度こそ、たとえ刺し違えても、奴には指一本触れさせない。

だが――弓月を守る資格は自分にはないのだ。

弓月は一矢が守る。一矢が、あの武藤に負けるはずはない。一矢がいる限り、弓月に危険が及ぶことはない。一矢が……。 


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