弟矢 ―四神剣伝説―
なぜなら、夜明けと同時に里を出る時、一矢は自分を見送ったのだ。くれぐれも、弓月を頼むと頭を下げ、乙矢は背を向けた。あの時、乙矢が背中に感じたのは、紛れもない「殺意」だった。


(これが一矢の……答えなのか?)


そう思うと、知らず知らずのうちに涙が込み上げてくる。

兄に従うと決め八年、ずっとその足元にひれ伏してきた。命すら捧げる、忠実な飼い犬だった。

父上には罵倒され、周囲からは嘲笑され続けてきた。愚か者、意気地なし、役立たず、腰抜け、恥知らず……ありがたくもない冠号ばかり山ほど貰った。

乙矢は一矢の望む弟でいたはずだ。



「……とや! 乙矢っ! 何やってんだ、てめぇどけ!」


罵声と同時に突き飛ばされた。木の幹に痛めた左肩をぶつけ、思わず呻き声が漏れる。しかし、お陰で正気に戻ってきた。

気がつくと、新蔵は必死で蚩尤軍の攻勢を凌いでいる。


「おい! ぼおっとするな! 戦えっ!」


新蔵は乙矢に斬り掛かる兵士を横から薙ぎ払う。しかし、乙矢を守るのに気を取られては、今度は自分自身が危うくなる。

戦わねば、今度こそ殺される。だが、それが一矢の願いなら、ここで死んでも構わないように思えた。

とはいえ、新蔵を巻き込むことはできない。


「俺を殺せばいい。こいつには手を出すな! 俺の首を狩野の元に持って行け!」


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