弟矢 ―四神剣伝説―
彼女の笑顔が泣き顔に取って代わり、瞼に浮かんだ瞬間――心の臓を目掛けて放たれた空を裂く矢羽を、彼は右手で掴んだ!

鏃(やじり)は、着物を掠めたに止まる。


「ま、まさか……馬鹿な」


敵将は動揺を見せ、立て続けに矢を放つ。しかし、その矢は、割り込んだ新蔵によって次々に叩き落された。


「し、新蔵……」

「お前には命の借りがある。剣士の面目に掛けて、俺より先には死なせん!」

「弓月殿に呼ばれた気がしたんだ。死ぬ前に逢いたいよ。一矢の花嫁だけど、せめてもう一度」


素手で放たれた矢を受け止めながら、その行動には全く相応しくない泣き言に、新蔵もとうとうブチ切れた。

戦闘中にも関わらず、乙矢の襟首を掴むと引き寄せ、どやしつける。


「いい加減にしろっ! 一矢様……いや、あの野郎がこいつらと万一にも通じてるなら、姫はどうなる!? お前は約束したんだろ。力の限り守るって。あの時――織田さんを庇って神剣を抜いた時の、あの気迫は何処にやった!?」

「……新蔵……」

「認めるのは口惜しいが。俺はあの時、お前は勇者だと思ったんだ!!」

「お、俺は――後ろだ、新蔵!」


乙矢の声に新蔵は振り返り、敵を一閃する。


「どうやら、悪い夢を見てたようだ。だが、俺も遊馬の剣士だ。必ず生きて弓月様の元に帰る。お前もだ! 担いででも連れて行くぞ!」

「お、俺は駄目だ。俺にはそんな資格はない。俺のせいで……父上も母上も殺された。姉上も攫われてあんな目に」

「だからまた逃げるのか? なんなんだその逃げ腰は! その負け犬根性をどうにかしろっ!」


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