弟矢 ―四神剣伝説―
新蔵は、乙矢に背中を向けたまま怒鳴りつけ、それでいて、敵を威嚇し遠ざける。


「弓月殿も俺を許さない。『白虎』を……神剣を奴らに渡した俺を、蔑んでるはずだ。俺は彼女に相応しくない」

「じゃあ、あの男に渡すのか!? 実の弟を殺そうとした男に」

「それでもあいつは本物なんだ。お前だって見たはずだ、『青龍』を揮った奴の腕を。勇者の花嫁にこそ相応しい。俺は、一矢のでき損ないの複製品なんだ。水面に映った影……偽物に過ぎない。俺は一矢じゃない!」


それは……本当は一矢のようになりたかったという心の叫びだった。

信頼と尊敬の眼差しで見られ、たった一人でもいい、誰かに必要な人間だと言われたかった。


「当たり前だ! 愚図でのろまで優柔不断で、俺に凄まれたくらいで小便漏らすようなそんな情けない男だが――」


新蔵はそこで一旦区切ると、再び乙矢に向き合い、今にも泣きそうなその面を引き寄せ言った。


「爾志乙矢っ! 俺は貴様に手を貸してくれと……姫を守ってくれと頼んでるんだ。一矢じゃない! お前だ、お前! 聞こえたかっ!? ――乙矢、避けろ!」


バッと乙矢を突き飛ばし、再び敵の剣を払った。



新蔵の口調はボロクソで、とても、人を褒めているようにも、モノを頼んでいるようにも思えない。だが、乙矢は生まれて初めて、一矢ではなく自分を選んでくれる相手に出会った。

無論、弓月も凪も正三もそう思っている。だが、ハッキリと言葉にしてくれたのは新蔵が初めてだった。

長い時間を掛けて、心の奥底に閉ざされた扉。そのこに一本の矢が突き刺さった。それは見る見るうちに表面にヒビを入れる。

新蔵の放った熱い矢は、凍りついた心の檻を、淡雪の如く溶かし始めた。


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