弟矢 ―四神剣伝説―

三、逃げ道

正三の耳に届いたのは、刀が風を斬る音だった。

力強く、気合に任せた振り方だ。どうやら、まだ怒りが冷めぬらしい――正三は苦笑いを浮かべる。


案の定、宿の裏手で刀を振り下ろしていたのは新蔵だった。

機嫌のよい時は、刃先がきれいな弧を描くが、感情が高ぶるとすぐに力んでしまう。子供の頃から変わらぬ、新蔵の悪い癖だ。


正三と新蔵は五歳違い。兄弟もおらず、早くに両親を亡くした正三にとって、新蔵は弟のような存在である。いささか単細胞で喧嘩っ早い新蔵に比べ、正三は妙に大人びた少年だった。

正三の父が生前言い続けたこと、


「遊馬のために生き、遊馬のために死ね。それが遊馬の血を引くお前の宿命だ」


それを頑なに、今も守り続けている。



「誰だっ!」


正三が垣根越しに真後ろまで来たとき、新蔵は声を上げた。


「遅い。それでは見張りにならん」

「織田さん……あっ! すみませんっ! ちゃんと見張ります!」

「もうよい。交代だ。少し眠れ」


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