弟矢 ―四神剣伝説―
鬼は里跡に放つ予定であった。

逃げた高円の里の連中は、見せしめの為にも皆殺しにする指示が出ているのだ。

だが、武藤はその命令に、ふと違和感を覚える。
 

――なぜ、遊馬一門が東国の領地内を逃げる時に、同じ手を使わなかったのであろうか? と。
 

一年前、乙矢を締め上げたのは武藤であった。

その時、奴が口にした里は既に廃れており、役立たずの次男には真実が知らされてなかったのだと納得した。それには、一矢が九分九厘死んでいるとの油断もあったのかもしれない。

さしもの武藤にも何か閃くものがあったが……それは強制的に中断させられた。



森をつんざく悲鳴が上がる。

空気が震え、棲み処に戻った鳥たちは、まるで蝙蝠の如く羽ばたき、夕闇に飛び立った。

『青龍一の剣』を持たされた鬼は、目覚めた瞬間、きつく縛られた縄を引き千切り、近くにいた同胞を襲う。

夕闇が濃くなり、しかも、森の深い場所で弓兵は使えない。それは、自爆に等しい愚行であった。


だがその時、突如吹き始めた風が澱んだ空気を押し流す。そして、武藤の目に映ったのが、里跡の入り口であった。


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