弟矢 ―四神剣伝説―
「隠れた里人を見つけ出せ! 弓兵は屋根に上って待機だ。鬼が襲って来たら一斉に矢を射れ!」


形はどうあれ、里人を皆殺しにして、遊馬の男と幼子を始末すればよいのだ。

武藤は正三を自分の手で倒すつもりだったが、最早、順番や相手に拘ってる場合ではない。すでに、武藤が指示を与えることのできる兵士は半分しか残っていないのだ。後は、死んだか、逃げ出したか。

しかし、計算違いはこれで終わりではなかった。


「武藤様! 遊馬の男が里跡に入ってきます!」


二丈程の高さがある櫓の見張り台から、一人の部下が叫んだ。続けて、


「え? ええっ! あ、あれは……鬼です! 武藤様、男の後ろから鬼が!」


一斉にざわめき立つ。まだ、迎え撃つ態勢が整ってはいない。弓兵は屋根に上るべく、梯子を掛けたばかりであった。

 
正三は刀を手に蚩尤軍兵士の中に突入して来る。小脇にはおきみを抱えていた。おきみは振り落とされないように必死に掴み下がっている。


まさに、宵闇に包まれたばかりの里は大混乱だ。必要な火を灯す前に攻撃を受けては、弓兵は役に立たない。ましてや『鬼』とも遊馬の剣士とも刀を交えるほどの気構えはなく、彼らは敗走に必死であった。

 
『鬼』は数十人に囲まれ、既に、数本の刀が背に刺さっていた。だが、動きが鈍る気配が全くない。

乙矢は躊躇うが、『鬼』は首を落とさねば止まらぬのだ。それが、唯一の成仏かも知れない。そんなことを考えつつ、正三は昼間に里から逃げ出した時と同じ道筋を通り、里の裏手に抜けたのだった。


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