弟矢 ―四神剣伝説―
その時、後方に幾つもの帯状の灯りが浮かび上がった。乙矢らが『鬼』を引きつけた間に、松明(たいまつ)に火を入れたらしい。灯りは次第に増え、里を照らし始める。


「……乙矢」


血を纏う炎の色が乙矢を包み込む。

だが、彼の周囲だけ透明な膜が張ったかのようだ。それはしだいに色を帯び、乳白色となって揺らめいて見えた。

猛り狂う『青龍の鬼』が放つ黒暗色とは、あまりに対照的だ。新蔵は、その柔らかい白い光に囚われそうになる。


「新蔵、俺も刀を借りる。挟み込もう。とりあえず鬼の始末をつけてから……」

「刀は貸してやる。すぐに織田さんを追ってくれ」

「新蔵? 何を言って」

「いいから受け取れ! 道中話してくれたであろう、武藤は姉上の仇だと。今のお前なら勝てる! 奴が神剣なしで鬼となるなら、お前は勇者となれ! 行けっ!」
 

芝居掛かった大仰な台詞に、乙矢は面食らった。だが、あえて反論せず、新蔵の差し出す刀を受け取る。


「俺は、仇討ちはやらんぜ。でも、こいつは借りていく。――正三とおきみを連れて戻る」


それだけ言うと、ダッと背を向け、駆け出そうとした。が、不意に立ち止まり、先程の兵士に声を掛ける。

「こいつ阿呆だからな。誤って神剣を掴みかねん野郎だ。気ぃつけてやってくれ」

「やかましい! とっとと行けっ!」


結局、新蔵の怒号に追い立てられる乙矢であった。


< 286 / 484 >

この作品をシェア

pagetop