弟矢 ―四神剣伝説―
逃げるだけなら乙矢も負けてはいない。
この一年、敵の油断を誘いながら、距離を取って逃げ続けて来たのだ。乙矢を捕らえろ、と命令された連中が、屋形船の残骸に踏み込んだ時、すでに影も形もなかった。
やはり、宿場は出ねばならない。
蚩尤軍の、それも精鋭部隊と目される男たちに襲われたことを知り、乙矢は事態の急変を察した。
逃げる極意は敵の動向を知ることである。闇雲に逃げたのでは打つ手も限られる。屋形船が見える位置に陣取り、乙矢は蚩尤軍が立ち去るのをジッと待っていた。
「山狩りに合流せねば……西国に逃がす前に……乙矢のことはあの方に報告を……すでに始末は済んだ……」
川を滑る夜風に乗り、乙矢の耳に届いたのはこれらの言葉であった。
奴らが立ち去った後、少し思案する。
これで最後なら、おゆきに世話になった礼を言って行きたいが……。この宿場での動向が知られているなら、彼女に近づくことは甚だまずい。おゆきを、危険に巻き込みかねなかった。それに、始末は済んだ、という言葉も気になる。
その時だ。乙矢の目に、ぼろ布の塊が映った。よくよく目を凝らすと、川岸で倒れるお六の姿であった。
連中の気配は消えた。すでに、この近くにはいないはずだ。
だが、乙矢は充分に警戒しつつ、お六の元に駆け寄り、ぐったりした体を抱き起こした。
「お六! お六ばあさん、どうしたんだ! 誰にやられ……」
この一年、敵の油断を誘いながら、距離を取って逃げ続けて来たのだ。乙矢を捕らえろ、と命令された連中が、屋形船の残骸に踏み込んだ時、すでに影も形もなかった。
やはり、宿場は出ねばならない。
蚩尤軍の、それも精鋭部隊と目される男たちに襲われたことを知り、乙矢は事態の急変を察した。
逃げる極意は敵の動向を知ることである。闇雲に逃げたのでは打つ手も限られる。屋形船が見える位置に陣取り、乙矢は蚩尤軍が立ち去るのをジッと待っていた。
「山狩りに合流せねば……西国に逃がす前に……乙矢のことはあの方に報告を……すでに始末は済んだ……」
川を滑る夜風に乗り、乙矢の耳に届いたのはこれらの言葉であった。
奴らが立ち去った後、少し思案する。
これで最後なら、おゆきに世話になった礼を言って行きたいが……。この宿場での動向が知られているなら、彼女に近づくことは甚だまずい。おゆきを、危険に巻き込みかねなかった。それに、始末は済んだ、という言葉も気になる。
その時だ。乙矢の目に、ぼろ布の塊が映った。よくよく目を凝らすと、川岸で倒れるお六の姿であった。
連中の気配は消えた。すでに、この近くにはいないはずだ。
だが、乙矢は充分に警戒しつつ、お六の元に駆け寄り、ぐったりした体を抱き起こした。
「お六! お六ばあさん、どうしたんだ! 誰にやられ……」