弟矢 ―四神剣伝説―
つい先日、自分も同じ言葉を口にした。里人を囮にする、大義のため、涙を飲んで堪えねばならぬ時もある、と。

だが、乙矢だけは、その考えを撥ね除けた。


「乙矢殿は、そうは仰らなかった。力はなくとも、丸腰で里人を救おうとなさいました!」


ガンッ!

弓月の口から乙矢の名がこぼれた瞬間、一矢は長刀を鞘ごと抜き、手近な水瓶を叩き割った。備前で焼かれたそれは土に還り、中の水は土間に流れる血と混ざる。


「この私と、乙矢を比べるなっ! 次は許さぬぞ。私の命令に従え!」

「なっ!」


言い返そうと口を開きかけた弓月を制したのは凪だった。彼は静かに問い掛ける。


「先ほど、番士らを斬ったのも脇差。今も長刀は抜かれませんでしたね。理由をお聞かせいただけますか?」


静かだがうむを言わせぬ口調だ。大番所の空気は一瞬で凍りつく。凪のただならぬ気配に、長瀬も柄に手を添え、最小限の動きで弓月の後ろに立った。


「――屋内の戦闘で長刀は不利。それが理由にならぬと言うなら、抜いて見せるが」


一矢の声も張り詰めている。弓月も決して鈍い方ではない。だが、気配のみに頼り、常人と違わぬ動きを見せる凪には遠く及ばない。


「わかりました。仰るとおり……南国の皆実家を目指しましょう」


凪の予想外の返答に、弓月は苦渋の思いで言葉を飲み込んだ。


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