弟矢 ―四神剣伝説―
序章 二本の矢
――八年前、初夏の夜。
「かずやぁ。やっぱりまずいよ。父上に見つかったら、怒られるって」
「何言ってるんだ、おとや。ここまで来て引き返せるか!」
闇の中、朱塗りの神殿が浮かび上がる。
そこは、決して足を踏み入れてはならない禁域であった。父の張った結界の注連縄が、そのまま引き返せと、乙矢(おとや)の神経に警告を発する。
神殿の外には、爾志(にし)家門弟の者が灯した蝋燭が、湿った風に揺らめいていた。
一矢(かずや)と呼ばれた少年がぐんぐん先に進み、その腕にぶら下がるように、乙矢と呼ばれた少年が腰を引き気味に付いていく。
二人は合わせ鏡のようにそっくりだ。
肩より少し長め黒髪を後ろで一つに縛り、揃いの道着を着用している。十を過ぎたばかりの少年の頬は丸みを帯び、柔肌にあどけなさを残していた。
それでいて、涼しい目元と引き締まった口元は、数年後には凛々しい若者になることを証明しているようだ。
一つ違うとすれば、眼の光であろうか。
幼いながら、研ぎ澄まされたするどい眼光を放つ一矢と、心に迷いを抱え、その光に蓋をしたかのような乙矢。
それは生まれる前から、一つの運命を分け合ったかのような、双子の兄弟であった。