弟矢 ―四神剣伝説―
新蔵の容赦ない言葉に、唇を噛み締め、乙矢は耐えていた。

現実を受け入れようと必死なのが見てわかる。その姿に、正三は自らの逸る心が乙矢を追い詰めたことに気づいた。


上弦の月が雲間に見える夜、乙矢に出逢った。

ひたすら兄を信じ、助けを待つだけの少年。宿場では、弓月の後ろに隠れ、帯刀すら拒んだ。

その乙矢が、正三とおきみを救うために、刀を手に真正面から武藤と斬り合った。

今はまだ、朔月(さくげつ)すら迎えてはいない。


そんな心が見えたのか、おきみは正三の袖を掴み引っ張った。年端も行かぬ少女の眉間にしわが寄っている。


「……しょうざ」

「わかってる。別に、苛めているわけではない。睨むな」


姉妹も妻子もいない正三にとって、おきみのような幼子に馴染みはなかった。だが、不思議と手に取るように気持ちがわかる。彼は少し首を捻り……「ああ」と小さく声を上げた。

おきみの仕草は、十年前の弓月とよく似ていた。


(なるほど……弱いはずだ)


苦笑いを浮かべると、あらためて、正三は乙矢に向き合った。


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