弟矢 ―四神剣伝説―
薄笑いを浮かべた一矢の顔を思い出すだけで身震いがする。

『神剣の鬼』は存在する。だが、『神剣の主』と呼ばれる勇者は、やはり存在しなかった。自在に操れるのは勇者ではなく鬼なのだ。一矢は……あれは『神剣の選んだ鬼』である、と。ならば双子に乙矢は? 


狩野は一矢を見下ろしつつ、嘲笑を浮かべ、得意気に口角を吊り上げる。


「失敗? 何がだ」


冷徹な一矢の声に、狩野の頬に緊張が走った。一瞬で口を真一文字に結ぶ。


「そう簡単に死なれては困る。奴は私の目の前で、そして、この手で殺さねばならぬのでな」

「では、何ゆえ遊馬の若造に追わせました? しかも『青龍二の剣』を持たせるなど」


愚かな、と言いそうになり、慌てて止める。

新蔵が一矢から持たされた脇差、あれは、拵(こしらえ)を入れ替えた『青龍二の剣』だった。鞘を替えることはできないが、柄巻(つかまき)の組糸を巻きなおすだけでも印象はがらりと変わる。乙矢憎し、の思いに眩んだ新蔵の目など、誤魔化すのは造作もないことだ。


「ああでもせねば、乙矢は神剣を抜かぬであろう? だが、戻って来たか……」


ふたりは背後に感じたあからさまな気配に、口を閉じた。

そして、ほんのわずか一矢が指先を動かす。狩野は無言で肯くと、闇に身を沈めるのだった。
 

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