弟矢 ―四神剣伝説―
「弓月殿を鬼に近づけるなど、とんでもないことだとは思わぬか? なぁに、二人は遊馬一門が誇る剣士。必ずや鬼を制し、すぐにも、神剣を手に我らに追いつこうぞ」

「で……も」

「お前にとって大事なことはなんだ? さあ、答えて見よ」

「だ、いじな、こと」


遊馬家師範代であった父・小弥太の仇を討つこと。そして、四天王家を、遊馬家を復興させ、母や幼き弟妹のもとに戻ること。


ジッと見つめる一矢の瞳は、十歳の少年の心をいとも容易く闇に染め上げた。


「勇者である私の命令だ。四天王家に仕える者として、役目は果たさねばなるまい。おぬしは父の家督を継ぎ、やがては師範となる身なのだから」


ゆらゆらと、弥太吉の視界が揺れた。

一矢は腰に下げた『朱雀』の柄に手を添え……己の口を通して『鬼』の言葉を弥太吉に送り込む。


「弓月殿は乙矢に懸想しておる。乙矢のために、遊馬も神剣も捨てるやも知れぬ。それは、赦されざる罪だ。弓月殿を罪人にしたくはなかろう?」


少年はコクンと無言で肯いた。


「ならば、弓月殿をはじめ誰にも、今宵見たことを話してはならぬ。――よいな」


今度は二度肯き、一矢の手は弥太吉の肩から外された。



闇夜の森を駆けて行く弥太吉の後姿を見送ると、一矢は二十六夜の月を見上げた。

月は嫌いだ。だが、いくら嫌いでも斬ることは出来ない。それは一矢にとって、舌打ちしながら、見上げることしか出来ぬ存在だった。


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