弟矢 ―四神剣伝説―
その、一連のでき事が乙矢の目に映った。


「新蔵! 伏せろ!」


乙矢は途中で調達した刀を逆手に持ち替えた。体を弓のようにしならせると、武藤目掛けて矢の如く放つ。

武藤は、新蔵に向かって振り下ろした刀を一転させ、飛んできた刀を叩き落す。

その隙に、転がるように新蔵は武藤から逃げ出した。


「また借りかよ。ちくしょう!」


新蔵が悔しそうに地面を拳で叩くと同時に、武藤の意識は乙矢に向いた。

乙矢の顔を見るなり、獣の威嚇にも似た叫声が武藤の口から迸る。神剣を抜く以前、乙矢に斬られた記憶が、武藤の中に混在しているようだ。そのまま『青龍の鬼』は、丸腰の乙矢に突進した。


先ほどの武藤と同じ人間ではない。

いや、すでに“人”ですらなかった。薄皮を一枚ずつ剥ぐ様に、平伏する人間を切り刻んでは殺して来た男の、成れの果てだ。だが、同情の余地などない。

この男が爾志家を襲ったために、乙矢の姉は……。

胸に芽生えた郷愁をじっくり味わう時間などあるはずもなく。武藤は、あっという間に乙矢を追い詰め、怒涛の如く攻撃を重ねる。

ほんの少し前、乙矢は武藤の右腕にかなりの深手を負わせた。刀を握ることすら不可能な傷が、今はまるで何もなかったかのようだ。

乙矢は丸腰のまま、紙一重で鬼の剣をかわし続ける。

だが、乙矢の体も新蔵同様、まるで“かまいたち”に襲われたかの状態だ。

一歩踏み出して懐に入り込み関節を取ろうとするのだが、一定の拍子が取れず責めあぐねていた。


< 317 / 484 >

この作品をシェア

pagetop