弟矢 ―四神剣伝説―
正三は『二の剣』は乙矢を選んだ、と言っていた。その場合、『一の剣』も同じであろうか? 

だが、万に一つ、違った時はどうすればいいのだ?

二人とも当惑と混迷の只中にあり、呼吸すら忘れたように微動だにできない。


この一角だけ、夏の暑さは消え去り、周囲はまるで氷点下だ。乙矢は、吸い込む空気が肺の臓を凍らせていく錯覚に、全身が震えた。
 
凍てついた空気を叩き壊し、乙矢らの目を覚まさせてくれたのは、おきみだった。


「おとやぁ! おとやぁ!」


正気に戻った里人たちに、『鬼』を倒すまで、再び身を潜めるよう正三が説き伏せた。おきみは彼らと共に隠れたはずだった。


「おとやっ!」


走りながら、おきみは向かって左側を指差す。そこには、里を守るように柵が立てられている。それに沿って、木立がぐるりと取り囲んでいた。

思えば、結界を張るには最適な構図だ。一矢がここに皆を連れ込んだ理由がよくわかる。

だが、今の問題はそんなことではなかった。


木立の向こうに無数の松明(たいまつ)の灯りが見える。それは、百は超えようかという手勢を従えた、蚩尤軍の援軍だった。


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