弟矢 ―四神剣伝説―
一気に、蚩尤軍兵士らの間に動揺が走る。狩野に仕える兵士など極少数。もともとが烏合の衆だ。しかも、目の前に神剣を手にした勇者がいる。

当初、妖(あやかし)の剣というだけでも衝撃だった。だが、四神剣の伝説など架空のお話に過ぎぬ。信じるのは子供くらいだ。そう思っていた彼らにとって、青く輝いた神剣を目にするのは驚天動地の出来事だった。


「狩野様……ここはひとまず備前まで兵を引き、あのお方のご命令を仰いだほ、う、が」


そう進言した部下の首は既に地面の上――狩野の白刃から鮮血が滴り落ちる。


「私に、武藤と同じ死に様を晒せというのか、愚か者め」


刀を手に狩野は乙矢の前に立った。最早、新蔵のことなど歯牙にも掛けてはいない。否、いられない。


「まさか……勇者など、伝説はただの作りごとだ。神剣など、妖刀に過ぎん。鬼を宿す闇の剣だ!」



厚く、天を覆った雲が静かに流れ、そこには今にも消えそうな儚い月が顔を見せた。

永遠の闇はない。

例えわずかでも、その目を閉じぬ限り一条の希望が必ずそこにある。

――月は斬れぬのだ。
 

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